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神戸地方裁判所 昭和33年(行モ)6号 決定

申請人 兵庫県高等学校教職員組合 外一名

被申請人 兵庫県教育長 外一名

主文

申請人等の本件各申請を却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

事実

(申請の趣旨)

昭和三三年一〇月二五日被申請人兵庫県教育長が兵庫県立各学校長に対してなした休暇請求を拒否せよとの職務命令及び同年同月二七日被申請人神戸市教育長が神戸市立各学校長に対してなした休暇請求を拒否せよとの職務命令の各執行をそれぞれ本案判決(当裁判所昭和三三年(行)第二八号職務命令取消請求事件)の言渡あるまで停止する。

(申請の原因)

一、申請人等組合の教職員は宿日直等の勤務条件改善及び勤務評定反対を目的として、地方公務員法第四六条に基き兵庫県人事委員会等に対し勤務条件に関する措置の要求をするため、昭和三三年一〇月二八日正午から半日間労働基準法第三九条によつて認められた年次有給休暇の請求をなすべく準備中のところ、被申請人等は右休暇請求を事前に妨害しようとして、被申請人兵庫県教育長は同年同月二五日兵庫県立各学校長に対し同月二八日の休暇請求を拒否し出勤を命ぜよという趣旨の別紙第一記載の職務命令を、被申請人神戸市教育長は同月二七日神戸市立小、中、高等学校の各学校長に対し電話にて同月二八日の休暇請求を拒否せよという趣旨の別紙第二記載の職務命令を発した。

二、しかし学校長は学校教育法第二八条第三項により、所属職員に対し単に監督権を有するにすぎないものであり、且つ右監督は職員に対する後見的な指導助言をなしうるにとどまるものであるから、事前に職員の職務内容に関し指揮命令をすることは断じてできないものである。それにも拘らず被申請人等が上命下服の関係にある行政機関相互間においてのみ通用する職務命令を申請人等組合の教職員に対し発するよう各学校長に命令したことは明らかに違法である。

三、労働基準法第三九条によつて申請人等組合の教職員が有する年次有給休暇請求権はその請求をする時季に休暇を与えられるべきものであり、且つ右権利は形成権としての性質を有し、被申請人等若しくは教育委員会は右休暇を請求する事由如何によりその申出を左右することはできないものである。

而して申請人等組合の職員に対し使用者たる地位を有する兵庫県及び神戸市の教育委員会は右半日間の休暇によつて何等その事業の正常な運営を妨げられるものではない。すなわち、一般に事業の正常な運営を妨げる場合とは、その作業の内容性質繁閑等諸般の事情が考慮された上合理的に決せられるべきものであるが、学校教育はその内容において、一年を通じ三学期を単位とし各学期別に立てられた教育計画に基き施行されるものであるから、職員が僅か半日間の休暇をすることによつては一学期間を通じて組立てられた右計画の施行に何等支障を来たすものではない。又その性質において他の一般企業のように一年を通じ常時平均的就労がなされるものではなく、慣行上その繁閑の度合は各職員の自主的判断に委ねられているものである。しかも、毎年一〇月末の時季は午前中を限つて生徒児童等に対する試験(所謂中間考査)が施行されるのであるが、昭和三三年一〇月二八日は右試験中若しくは試験終了直後に当るから午前中だけの短縮授業が施行されるに過ぎず、極めて閑散な時季であり、職員等が休暇をとるに最選である。この時季を選んでその請求をしようとする本件休暇請求は極めて合理的である。

従つて被申請人等は本件休暇請求に対し時季変更権を有しない。

以上の理由により、被申請人等が夫々発した前記職務命令は申請人等組合の教職員が有する有給休暇請求権及び地方公務員法によつて認められた勤労条件に関する措置要求権を何等の理由もなく妨害する違法な処分であり無効である。

四、申請人等は本案訴訟(当裁判所昭和三三年(行)第二八号職務命令取消請求事件において「職務命令を取消す」との形式による右命令の無効確認の判決を求めるものである。右職務命令は申請人等組合の各職員が有する労働休息権等を違法に妨害するものであるから、申請人等組合は被申請人等に対しその徹回を要求したが拒絶されたので本案訴訟によりその無効確認を求める次第である。

五、被申請人等の発した本件職務命令により各学校長はそれぞれ申請人等組合の教職員がなす昭和三三年一〇月二八日における半日間の有給休暇請求を拒否することとなり、これがため右休暇請求権の行使は事実上妨害せられ、且、勤労条件に関する措置要求は不能とされ、その結果申請人等組合の教職員は労働基準法及び地方公務員法によつて認められた右権利を侵害され、償うことのできない損害を受けるのである。

仮に右の理由だけでは本件停止命令の申請が許容されないとしても、兵庫教育委員会は被告申請人等がなした本件職務命令の有効性を前提として、その命令違反を理由に右休暇請求権を行使した申請人等組合の教職員に対し、直ちに強硬な行政処分をとるよう準備中であるが、右行政処分が行われれば、当該各教職員は金銭的に償うことのできない損害を蒙るは勿論、精神的打撃は甚大であり、ひいては学校教育の運営に支障を来たすことは必至である。

よつて申請人等は右損害を避けるため緊急の必要があるから、本件職務命令の効力を本案訴訟の判決の言渡があるまで停止を求める次第である。

(疏明資料)〈省略〉

理由

申請人等が本件申請の原因として主張する事実中、申請人等主張の本案訴訟として当裁判所に昭和三三年(行)第二八号職務命令取消請求事件が現に係属中であることは明らかであり、被申請人兵庫県教育長が昭和三三年一〇月二五日兵庫県立各学校長に対し同月二八日の休暇請求を拒否し出勤を命ぜよという趣旨の別紙第一記載の職務命令を、被申請人神戸市教育長が同月二七日神戸市立小、中、高等学校の各学校長に対し電話にて同月二八日の休暇請求を拒否せよという趣旨の別紙第二記載の職務命令を発したことは疏第一、二号証により認められるのであるが、その余の事実についてはこれを認めるに足る疏明がない。

しかし右事実についての疏明の存否の点及び本件職務命令の違法、無効の点は暫く問わないことにして、申請人等主張のような事実関係の下において、その主張する損害を避けるため緊急の必要があるかどうかの点について判断を進めることにする。

ところで、一般に行政処分の執行停止は執行の可能性の存続することを前提としており、事実上であると法律上であるとを問わず、この可能性がなくなれば執行停止の必要も亦なくなるものと解すべきであるところ、本件のように昭和三三年一〇月二八日の休暇請求を拒否せよ若しくは当日の出勤を命ぜよという趣旨の別紙第一、二記載のような各職務命令は事実上当該二八日以前にのみ執行をなしうるのであつて、右以降においては最早執行の余地はないのであるから、右当日を経過してしまつた現在においては執行停止の必要はなくなつたものといわなければならない。

なお申請人等は兵庫県教育委員会が本件職務命令の有効性を前提とし、右職務命令違反を理由に本件休暇請求権を行使した申請人等組合所属の教職員に対し強硬な行政処分をするよう準備中であり、そのような行政処分がなされると償うことのできない損害の発生を避けることができないから、これを避けるため本件職務命令の執行停止を求める緊急の必要性がある旨主張するが、その主張自体からはその予想される行政処分とは果していかなる種類、程度、内容のものなのか、その具体性を欠くのみならず、このように将来単に予想されるに過ぎない行政処分を仮定して、その行政処分があつた場合に蒙るであろう損害を避ける必要があるというのみでは、行政事件訴訟特例法第一〇条第二項本文にいわゆる「損害」に該当するかどうかについて判断を下すことは不可能であり、結局本件職務命令の執行停止をなす具体的な利益はないといわなければならない。(もつとも、疏第三、四号証によると、県教育委員会は昭和三三年一〇月三〇日に行われた兵教組の二割休暇斗争に参加したものに対し、賃金カツトを含む強い行政処分を一両日中に決定する方針であるという趣旨の記事が同日付の新聞の夕刊紙に掲載されたことは窺えるが、これが本件職務命令と関連を有するかどうか不明であり、仮に申請人等主張のように本件職務命令の有効性を前提とするとしても、これだけでは具体性を欠き、しかも単なる予想であるとみるべきであり、本件職務命令の執行停止を認容するための疏明資料としては採用するに値しない。)

要するにいずれにしても本件各申請は法律上の利益がないことに帰するから、その他の点につき判断するまでもなくこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 前田治一郎 富田善哉 松沢博夫)

(別紙第一)

兵教委職第六〇五号

昭和三十三年十月二十五日

兵庫県教育長

各県立学校長殿

教職員の服務に関する措置について

教職員組合が来る十月二十八日に行うことを決定している勤務評定の実施阻止のための闘争手段として授業を打切り一斎に休暇を請求することは、学校の正常な業務の運営を阻害するばかりでなく、地方公務員法第三十七条の規定によつて禁止されている争議行為に該当するものと認められるので、昭和三十三年九月十二日づけ兵教委教職第五三二号教職員の服務の取扱いについての「別記事項」によつて、厳正な措置をとるとともに、事前の指導にもかかわらず教組の決定などによつて不法の挙に出る者がある場合は左記様式により当該者に対し職務命令を発せられるよう命令します、

なお、報告事項も昭和三十三年九月十二日づけ兵教委教職第五三二号に準じて措置されたい。

別紙第二

様式

職務命令書

職名    氏名

貴殿に対し、昭和三十三年 月 日出勤を命ずる

昭和三十三年 月 日

兵庫県立 学校長 氏名 印

神戸市教育長藤原潔から神戸市立各学校長に対し昭和三三年一〇月二七日電話にてなした職務命令の要旨

昭和三三年一〇月二八日なされる予定の教職員の休暇請求を拒否する命令を発せよ。

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